研究紹介
細胞生理学講座

研究紹介research

心拍動開始機構の研究

個体の発生過程において、心臓はすべての臓器に先立って形成され、血液循環が始まる前から自律的に拍動を開始します。しかし、「いったい心臓は、いつ、どのように動き出すのか?」という根源的な問いには、いまだ多くの謎が残されています。

私たちは、この心拍動開始のメカニズムを明らかにすることを目的に研究を進めてきました。

これまでの研究から、ラット胎仔では受精後 9.99~10.13日目 に心臓原基が拍動を開始することを明らかにしました。また、拍動開始に先立って心筋細胞内カルシウム濃度の周期的変化(カルシウムトランジェント)が出現し、心拍動直前には筋収縮装置の最小単位であるサルコメア構造が未形成である一方、筋原線維がランダムな方向に発現・散在することを見出しました。

さらに、近年の研究により、心拍動開始直後の心臓原基では低酸素誘導因子 HIF-1αが活性化し、これに伴って解糖系およびペントースリン酸経路が活性化して、拍動後に増大するエネルギー需要を補っていることが明らかになりました。この知見は、拍動開始という機能的転換が、細胞内構造の変化と代謝制御とが精密に連動する現象であることを示しています。

現在は、拍動開始後の心筋サルコメア形成過程と代謝変化の相互関係に焦点を当て、最初に収縮を担う心筋細胞群の特定、胎盤や中枢神経系との相互連関、インスリン様成長因子IGF-2の役割、そしてミトコンドリアや小胞体といったオルガネラの役割の解明を目指しています。

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【課題】

● 興奮収縮連関に重要なイオンチャネルの発現と機能

● 胎盤や神経系との関連

● インスリン様成長因子IGFファミリーとの関連


筋疲労現象におけるミトコンドリア呼吸鎖複合体の役割

筋疲労とは、反復・持続的な筋収縮や刺激に対して筋持久力が低下する現象であり、そのメカニズムとして、エネルギー代謝の中核を担うミトコンドリア呼吸鎖複合体の機能変化に注目して研究を行っています。

私たちは、反復的な電気刺激による高強度収縮トレーニングにおいて、マウスの足底屈筋で、低頻度刺激群(20 Hz)に比べて高頻度刺激群(100 Hz)でミトコンドリア呼吸鎖複合体の主要サブユニット発現の増加および超複合体(呼吸鎖複合体の集合体)形成の促進が認められ、これが筋ミトコンドリア電子伝達能の向上および電子リークの減少を介して、疲労耐性の向上に寄与することを明らかにしました。

また、慢性腎疾患モデル(5/6腎摘出ラット)では、筋持久力が顕著に低下するメカニズムとして、ミトコンドリア呼吸能の低下およびアセチル-CoA供給障害が関与していることを発見しました。さらに、電気刺激を用いた高強度インターバルトレーニング(HIIT)によって、5/6腎摘出ラットでみられるミトコンドリア呼吸能低下が改善し、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)およびp38 MAPK経路の活性化を介してミトコンドリア呼吸機能が回復することを報告しました。

これらの知見を総括すると、筋疲労の進展および耐性には、「ミトコンドリア呼吸鎖複合体およびその超複合体形成」、「ミトコンドリア呼吸能(ATP産生能力)の維持」、「エネルギー基質および中間代謝物(例:アセチル-CoAなど)の供給確保」が重要な鍵であることが示唆されます。今後は、筋疲労制御機構の理解において、興奮収縮連関および代謝機能的観点の双方からアプローチを展開していく予定です。

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各種疾患モデル(各種領域の癌、眼科疾患、皮膚疾患、炎症疾患、呼吸器疾患、代謝疾患、腎疾患、間葉系細胞、老化など)における細胞外フラックスアナライザーを用いたミトコンドリア呼吸能評価

講座間の共同研究として、動物実験施設部およびIRBで承認された研究に対し、生体組織(動物モデル、ヒト)由来の各種細胞、組織からの単離ミトコンドリア、あるいは培養細胞(二次元培養、三次元培養)に対して、細胞外フラックスアナライザー適応し、ミトコンドリア呼吸能・解糖能および予備能などの代謝機能解析を展開している。細胞機能評価の観点から、代謝機能評価を行い、共同研究として成果を共有・発表している。

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二次性サルコペニアにおけるエネルギー代謝機構の解明

筋肉量と筋力の低下で定義される『サルコペニア』は、原因によらず、生活の質を低下させるのみならず、慢性疾患の予後にも大きな影響を及ぼすことが知られている。その一方で、エビデンスの高い治療法は確立せず、超高齢化社会を迎えた本邦において大きな課題となっている。サルコペニア発症の分子機構について、骨格筋の興奮収縮連関を支えるエネルギー代謝機構は未だ明らかではない。筋生理学的アプローチ、非バイアス的かつ網羅的代謝物解析、ミトコンドリア機能解析の観点から包括的な実験を行い、骨格筋萎縮における脂肪酸・アミノ酸・核酸代謝を中心としたエネルギー代謝機構の全容を明らかにしたい。

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全身性疲労の病態解明と新規客観的バイオマーカーの確立

疲労は 『肉体的・精神的活動および疾病によって生じる不快感と休養の願望を伴う身体活動能力の減退状態』 と定義され、日常生活に関連する。しかし、疲労の客観的なバイオマーカーは十分に確立されていない。このような中、最近、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の後遺症として、疲労感が持続するいわゆる 『Long COVID』 が社会問題となっている。また、疲労は、運動不足、不規則な食事、睡眠不足といった「生活習慣」だけを理由にするのはstigmaに該当する可能性がある。近年、疲労とヘルペスウイルスの再活性化の関連が注目されたり、慢性疲労症候群の治療薬として抗CD20モノクローナル抗体を用いた治療が着目されるなど、 疲労と炎症 の強い関連が示唆されている。  本研究課題では、様々な疲労モデルを用いて、疲労の病態解明およびバイオマーカーの探索を試み、根拠のある治療介入法の足掛かりとなることを目指している。

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糖尿病合併心不全におけるROS-induced ROS release役割の解明

糖尿病を合併した心不全は、原因や病態に関わらず心不全の予後が悪化することが知られているが、その機序は完全に解明されていない。近年、血糖降下薬であるSGLT2阻害薬の心保護効果が注目されているが、非糖尿病合併心不全に対しても同等の効果が期待できることがわかってきた。従って、糖尿病合併心不全にはSGLT2阻害薬等の心不全標準治療を行ってもなお "残余リスク" が生じていることとなる。心不全パンデミックと形容される心不全有病率増加の中、予後不良である 糖尿病合併心不全に対する『特異的』な治療戦略の確立は重要課題である  糖尿病では心臓を含む諸臓器で活性酸素種 (ROS) の産生が増加し、酸化ストレスが亢進することが知られている。ROSの源は、細胞質、ミトコンドリア、細胞外由来など様々な種類があるが、それらが心臓を構成する細胞のミトコンドリア内膜および呼吸鎖複合体に作用し、電子伝達効率の低下と電子漏洩を介した更なるROSの発生を惹起させうる (ROS-induced ROS release:RIRS)。本研究課題では、このRIRSがミトコンドリア機能障害が糖尿病合併心不全の予後不良の病態に関与し、新規治療標的になり得ると仮説を立て、この機序を明らかにするための研究を進行中である。最終目標は、糖尿病合併心不全の病態解明、そして新規治療戦略確立を目指す。

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強迫行動におけるミトコンドリア呼吸鎖複合体の役割

強迫行動の機序基盤として、古典的にはセロトニンなどの神経伝達物質の異常や前頭皮質-線条体-視床-皮質(CSTC)回路の機能障害が注目されてきた。しかし近年、COVID-19感染後やPANDAS(小児自己免疫性神経精神障害)などの免疫異常を伴う疾患において強迫様行動が出現することが報告され、炎症応答と強迫症状との関連が関心を集めている。

私たちはこのような背景から、強迫行動の分子機構において、神経炎症およびミトコンドリア機能異常が深く関与している可能性を想定した。

特に、脳内のミクログリア活性化やサイトカイン産生、酸化ストレスによるミトコンドリア機能障害が、神経回路の可塑性や行動異常に影響を及ぼす可能性に着目し、動物モデルを用いてその関連性を検討する。

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札幌医科大学医学部 生理学講座細胞生理学分野 ページの先頭へ